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北上山地サイクリング

Miyako Cycling
2012年6月17日(日)
天気:くもりのち晴れ


SCOTT CR-1 でチャレンジ!

熊よけ鈴 OK!

翌朝、閉伊川(へいがわ)越し
に見えるリバーパークにいさと

国道106号 ここからスタート!
(翌朝撮影)

参加記念にいただいたお菓子に
メッセージカードが入っていました

岩手県の盛岡から約100キロ東に位置するのが宮古で、そこから約20キロ戻ると今回のスタートゴール地点になる茂市(もいち)。
盛岡から約50km南、東北本線に北上市があり、そこと宮古とのちょうど真ん中ほどに北上高地がある。その辺りと国道106号を渡った山岳エリアが今回のサイクリングコースである。
サイクリングといっても今更説明するほどではないが、お花畑をルンルンと行くのではなく、スポーツとしてロードバイクで走るもので、6年前のグランフォンドベルヴェデーレと同様、走る醍醐味を味わさせてくれるでしょう。

グランフォンドベルヴェデーレ開催はもう6年前になる。あの時は自分が走れると思って参加したけれど、実際はあっという間に最後尾になりヨロヨロとタイムアウトになってしまった。結果、メディオフォンド(ショートコース)行きになったけども、それでも十分に走り応えのあるコースだった。走れると思っていた過去の自分を思い返すと恥ずかしい。今回はもう少し走れるだろうとリベンジする。前回のコースとは全く違うコースになる。

http://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=8f6dd00f1833983f5eb446c920b2ca11

今回はルートを示すこのサイクリングのためのコース標識はないとのことで各自が自己責任で走る。
コースを読んで地名を覚え地図を準備し、熊も出るかもしれないと熊よけ鈴を用意。
バイクは、SCOTT CR-1。ロングライドコンセプトで乗り心地を重視しているモデル。フロントギアは50-34のコンパクト、リヤは前週のJCRCで両ふくらはぎがつってしまったので27Tギア。回転系で走る。ホイールはやわらかめのデュラをチョイス。

前日までの雨予報は外れ、曇り空。
受付を終え集合場所へ行くと、東京でのチーム練習で会う方やレース会場で見るチームのジャージの姿があった。
6:50〜
主催の盛合さんから山の天候やコース状況などの説明がある。
天気は曇りでも山の方は変わりやすいとのこと。開催前にコースを見てきたところ山の上は気温14度と低めだそう。
7:00〜自由スタート
前後ライトを確認してもらい、私は早目に数名が出発した後にスタートする。
国道106号を盛岡方面へ走る。
すると10名くらいに抜かされ、これはまずいと足の合う人と一緒に走らせてもらう。
トンネルを避け脇道へ行く。
川井を過ぎ遠野方面へ左折する。
車の量が少なくなり、自然に周りの人と、どこから来たか、普段は何に出ているか、などおしゃべりしながら走る。
荒川高原へ向かう登りに入ると各自のペースになる。
路面が濡れて霧が深くなってきた。牛の鳴き声が聞こえてきた。
牧場に辿り着く(標高1025m)。気温は15度くらいか下りで寒さとの勝負になった。
霧が濃くサングラスもくもり、視界が悪く慎重に下る。
タイマグラの補給所に着いた。おにぎりが美味しかった。
その後、グループで走るとローテーションがアタックになってスピードアップ!
再び106号を盛岡方面へ走る。
ショートコースをクリアしたからタイムアウトの心配はなくなったよう、気を楽にしてグループから離れ一人サイクリングペースで走る。
日差しが強くなり、暑くなる。
国道をそれて次の峠へ行く道で合っているかと不安になるが、水溜りの先にできたタイヤの跡を見て、間違っていないことを確かめる。
登り始めに真横からキジがバタバタと飛び立ち、びっくりした。
だいぶ登ったけど前にも後ろにもサイクリストも人も車もいない。
動物のフンがあった。何の動物だろうと思うがたくさん散らばっている。
(ゴール後に聞いたら、それはクマのフン。しかも先頭の方の人はクマを見かけたとのこと!宿の人に聞いたら、今年はクマの捕獲件数が多いそうだ!)
遠くに見える峠へ向かう道に点のように見えるサイクリストの姿を発見。まだまだ登る。時々、振り返り連なる山々の雄大な景色を眺める。
夏屋(標高948m)に到着。12:00
予定になかった2ヶ所目の補給所、水がなくなっていたので助かった。
補食には、なんとなつかしの相馬屋のパン!昔から変わりないビニールのパッケージを見てノスタルジックにひたり味わって食べる。
そこからダウンヒル。気持ちよく長い下りが続いた。路面は渇いて体をスピードに預ける。
再びゆっくり登りはじめる。目には木々とルピナスなどの花々、耳には虫か鳥の声しか入らない。心も体もクリアになってくる。
下り終わって平地になり民家、村が見えてきて、路線バスが見える。
終わりに近づき、道を間違えないか、クマに会わないか、という心配は小さくなり、安心が大きくなってきたが、もう終わってしまうのかと淋しい。
国道106号にでるとき、最初で最後の信号を渡りゴールした。
14:00 ゴール 約150キロ 7時間
もうちょっと、あの雄大な景色を眺めていたかった。

今回サイクリングの趣旨は、
「宮古市の被災企業応援の一助にすべく被災企業の製品を参加者に配布し応援するもの」とあり、私たちが参加する震災チャリティーの意味だけでなく、私たちが応援されたと感じました。サイクリングとはいえ、2ヶ所の補給ポイントにおにぎり・パンや飲み物が用意され、曲がり角にサポートの方が立ち、被災後再び営業を開始した宮古のお菓子までお土産にいただきました。
参加者から募った寄付金は、現在まだ運休路線がある三陸鉄道株式会社に贈られたとのことです。少しでも何か役立てられれば嬉しいですし、鉄道の方々にサイクリストへの理解が深まれば尚、嬉しいことです。
今回のサイクリングを主催したのは、エンメアッカのフレームビルダー盛合博美さん。宮古市津軽石にフレーム工房があり、ご自身もこのコースをよく走っておられます。
大震災の津波で工房が潮をかぶり、すべて潮漬けになってしまったとのこと。しばらく制作できませんでした。使えるものは潮を取り除き、新たに機械を購入し、現在はスチールのみ制作しているとのことです。
まだまだ大変なこの時期にサイクリングを呼びかけてくれて有難く思います。
地元宮古の係わりが深い盛合さんが、宮古と私たちサイクリストとを結んでくれました。あの地震から何かできることと思いながらも、ただコグことしかできないから、やっとかなってよかったです。逆に元気をもらいました。


奥に見えるのが鍬ヶ崎のあった町

蛸の浜 中央に
流された 防波堤の破片

白い浜 浄土ヶ浜

父の実家があった場所 には
シロツメクサが咲いていた

番外編 (宮古のこと
2011.3.11の地震で被災した現場から離れていると、何かしたいけど、とりあえず目の前のことがんばってやっていくしかないと過ごしていたように思える。
「がんばれ東北、がんばろう日本」というコピーを見るたびに、みんながんばっているよ、もう疲れているよ、という気で仕方ない。本気で休もうと提案したいくらい。
あの日から1度や2度でなく何度も宮古へ行こうとしていたけど何かしら重なり予定が立てられずに行くことができなかった。
今回、サイクリングの翌日に足を伸ばし宮古へ行った。
実際この目にしたらショックがあると思っていた。震災から1年3ヶ月、このくらい時間が経たなければ冷静に見ることもできなかっただろう。その間に覚悟もできたんだと思う。
宮古駅近く商店街の両脇は、写真で見たときガレキの山だったけど、今はきれいになって花も咲いていた。
新しい魚市場の脇を曲がると、あったはずの町がなかった。
(津波により木造の建物は流され、地盤沈下があり満潮になると潮が入ってくるため建物は建てられないようです。それでも建てた家もありました。)
目印になる旧市場の屋根も撤去され、父の実家があった場所がどこかわからずに行き過ぎてしまった。向かいに見える月山(がっさん)の形でここいらだろうと思うとこを見ると、家の基盤基礎が残っているのがわかり、間取りを思い浮かべだ。
「こんな小さい敷地だったんだ。」
蛸の浜へ行こうとしても、目印になる軒下がないから迷ってしまう。道の一番高いところから海を見た。浜から30mもっとあるだろうか、これを津波が越えたというからその高さと規模は想像を絶する。テトラポットは崩れ、防波堤は割れて流されていた。浄土ヶ浜へつながる橋はまだ崩れたままだった。
周って浄土ヶ浜へ行くと、白い石の浜に戻っていた。後で親戚の伯母さんから聞くと、夏の海水浴ができるように、それは裸足で浜を歩けるようにと、徹底して清掃したと聞いた。家があった方では、まだガラスや陶器の破片が散らばっている。
それからお寺へ、ばあちゃんとじいちゃんの写真があるから見たいと行ったけど、もう閉まっていた。外から拝む。
そして駅の方に住む親戚の伯母さんのところへ行った。こんがらがってしまった糸を一本一本ときほぐすように、たくさん話した。
行って見ること。
会って話すこと。
自分で知ること。
それだけのことだった。
行かなければ、見なければ、という自分でしばっていた義務感をやり遂げて、胸のつかえがとれた。心のリミットが外れたようだ。
ただ本当に家はなくて、そこにはシロツメクサが茂っていた。